htnki’s diary

たまには叫びたい事もあるさ

野球離れをさらに掘り下げて思うこと

先日、子供の野球離れについての記事を書いた。

 

htnki.hatenablog.com

 

これをもうちょっと掘り下げて考えてみようと思って記事を書くことにした。

 

先日書いた記事では野球をやる子供が減っている理由を

1.親の負担が大きい

2.野球がダサい

3.高野連

として書いたが、かなり表面的な問題点を挙げていると自分でも思う。

子供はやりたいと思ったことはやるだろうし、親も子供がやりたがっているのだから協力するだろうからだ。

 

ではなぜ野球少年が減っているかといえば、理由は簡単で、野球が魅力的なスポーツではないからではないだろうか。

それは子供にとっても親にとっても。

 

 

思い返せば昭和の終わり。

今の子供の親が子供だった時代、野球は非常に人気スポーツであった。

しかしながら人気スポーツ故、強烈なアンチも生み出したのも忘れてはならない。

 

 

他の番組をつぶされるゴールデンタイムの野球中継。

スポーツといえば野球、なんでも野球、野球が全てのマスメディア。

野球に管をまく酒とたばこの匂いのおっさん達。

「国籍宗教野球の話を出すな」と言われるほどファンにとってはナイーブ(笑)な問題となるらしい応援球団闘争。

チンピラ風情の野球選手。

絶対的年功序列と厳しい指導の野球部。

 

昭和の野球の持つ暴力的で横柄な態度は、野球を『好きでも嫌いでもない人』から『アンチ』へと変貌させた可能性がある。

 

昨今『老害』という言葉が叫ばれているが、どうだろう。野球をこよなく愛する人間像は、老害をまき散らす人間像と重なりはしないか。

その老害、あ、いや、野球愛溢れた人間の被害を受けた当時の子供が、今の子供の親世代だ。

 

さらに、今の親世代が一番青春を謳歌した時期にJリーグやWCでサッカーがブームになった。

週刊少年ジャンプスラムダンクを連載していた。

夏はサーフィンに冬はスノボに行った。

野球部は全員丸坊主だった。

ファミコンが趣味になった。

 

もうすでに野球プロレス相撲しか選択肢がなかった時代ではなかったのである。

次第に野球への関心が薄れていくのは当然である。

実は本当の野球離れはこの時点で起こっていたと私は考える。

 

 

その影響は今の子供たちに続く。

 

親が野球中継を見ないから子供に野球が浸透しない。

親がグローブを持っていないから子供とキャッチボールをしない。

親は他のスポーツの楽しさも知っている。

また引退後の生活苦や犯罪に走る選手をみて、収入の不安定なプロ野球選手に憧れることはない。(何しろ今の若い世代はお金に厳しい。年金が確保されていないのだから。)

 

 

さらに考慮しなければならないのが時代の影響である。

 

わからないことがあるとスマホでさくっと検索する時代である。

図書館まで行って本をめくる時代は過ぎてしまった。

なんでもせっかちになりつつある人間が、展開の早いスポーツに惹かれるのは必然である。

ヒットを打ってくれるまで目立つことのない外野、打席が回ってくるまでベンチに座っているようなのんびりスポーツの魅力を語るのは難しい。

 

もちろん野球を好きな人間というのはいる。

だが、野球に興味を持たない人間のほうが多くなっているということが、子供の野球離れに表れていると考える。

団塊世代がジジババになった時に野球一強が終わるのは必然だったのである。

 

残念ながら野球をかつての隆盛を取り戻すことは難しいだろう。

 

ではどうしたら野球ブームが起こるのか。

 

ここで疑問にぶち当たる。

何故野球離れをしてはいけないのか。

『野球離れ』と叫んで、選択肢の少なかった時代の異常ともいえる野球人気を取り戻そうとしていること自体がおかしいと思わないのだろうか。

野球だけが国民的人気スポーツでなくてはならないのか。

 

実は全く野球一強である必要などないのである。

 

少年野球崩壊などと言うが、スポーツの多様性と世界的な普及率から考えたら適正な競技人口に近づきつつあると考える方が妥当である。

 

なぜここまで野球だけが野球離れを危惧せねばならないのか、大人の事情が伺えるところが本当の野球の厭らしさなのだ。

 

野球に関わる多くの利権団体や野球に付きまとう悪いイメージなどの負の遺産清算し、

堅実に細く長くオリンピック種目採用を目指し続けていくほうが、より子供たちのためのスポーツになるような気がしてならない。