htnki’s diary

たまには叫びたい事もあるさ

欲しがりません勝つまでは

本当に日本人は、こう、なんて言うか、自分の忍耐を鍛える事が好きねぇ。

 

GoToやめるという政府の方針を聞いて改めて思いましたね。

 

いやね。

コロナだから自粛したい人はしてどうぞ。

したくない人はどうぞ。

でいいんじゃない?

我が家は近くでコロナ発生してるけど普通に外食してるし。

だって食べたいじゃん。行きたいじゃん。

我慢したからって何が変わるの?

もっと楽しく生きようよ。

 

てかね、きちんと感染予防してたらコロナかからないのよ。

普通に考えたら。

旅行先でも自宅でも感染予防をしてるかしてないかが重要であって、

北海道だからコロナにかかりやすくて沖縄ならかかりにくいわけでもないのよ。

電車でかかりやすくて車でかかりにくいわけでもないのよ。

そういう比較じゃないの。

 

とにかく感染者の飛沫がついてる可能性がある部分を触ったら、

目鼻口つまり粘膜を触らない、アルコール除菌する、その程度なのよ。

出来ることって。

正直マスク警察には、そんなに怖いならゴーグルもしたほうがいいよって言いたい。

 

日本人は馬鹿になったなぁ。

冷静に理論的に考えたらGoToなんて関係ないのに。

本当に悲しい。

てか、GoToを槍玉に挙げるマスコミやそれに翻弄される人々。

情けないよ。

勉強しろとは言わない。

知識をつけよう。

根性論やその場その場の気分や雰囲気で物事を決めちゃだめだよ。

 

断言する。

コロナを撲滅することが勝ちなのだとしたら、絶対に勝てません。

夏が来たら勝ちに近い状態になりますが冬になればまた負けます。

ワクチンでも勝てません。

勝てるとしたらインフルエンザワクチンでインフルエンザが撲滅できない理由を教えてください。

 

欲しがりません勝つまでは状態を続けたらみんな飢え死にしますので妥協点を見つけましょう。

 

まず、指定感染症を外し、無症状などのあぶり出しをやめましょう。

病院でのエボラ並の感染対策いらなくしましょう。

看護する人の負担が幾分減るはずです。

 

無駄な延命治療をやめましょう。

ICUの占有率を下げます。

 

休暇を積極的に取りましょう。

つまり疲れたら休む、体調が悪かったら出社しないという文化を持ちましょう。

これにより自己免疫を強化しコロナに勝てるようにし、感染症をばらまく機会を減らします。

 

※アルコール除菌の習慣は必要だと思いますが、ちょっと長期的に見てどうなんだろうか。わかりません。

 

後は通常の生活を送ります。

 

日本人はもっと賢いはず。

風邪というのがどうやって伝染るのか、

人間はどうやって風邪を治しているのか、

その時の病院と薬の使い方をもっとよく調べて欲しい。

病院が風邪を治してくれるなんて間違っても思わないで欲しいのですよ。

 

なんつーか、嫌な世の中になったなぁと。

多分、魔女狩りと同じように10年後には教科書に載りそうなどんちゃん騒ぎなので、面白おかしく眺めてるけれど、

踊らそうとする声の大きな人達には苛立ちを、

踊らされそうな無知な人達には虚しさを、

自由の無くなった世の中に悲しさを感じるのです。

 

 

 

何で死んだらいいですか?

コロナ渦の中、メディアに脅かされ洗脳され、すっかりコロナ脳になってしまった人達の意見をTwitterで見ていて思うことがある。

 

彼らは生きることは死ぬことであるということを忘れてしまったのだろうか。

 

彼らの言い分はこうだ。

「あなたの大切な人がコロナで死んだら嫌でしょう?」

 

私にとっては半分は正しくて半分は正しくない。

 

大切な人の死、例えば夫や子供が死んだらめちゃくちゃ悲しい。

だが、これは死んでしまったことが悲しいのであって、コロナに限らない。

 

もう少し言うと、コロナで死ぬほうが精神異常犯罪者に襲われて命を無理矢理奪われて死ぬよりも、まだ心の整理がつくかもしれない、と思う。

 

人間は生まれたなら死ぬのである。

人間の死因は概ね病死であることから、病気で死ぬことはある意味天寿と考えることができる。

 

「新型コロナは中国で作られた人為的なもの!」

といって、これは人為的な死因であると言う人もいるだろう。

しかし、ウイルスなんてのは簡単に変異して常に新しい形であると言えるし、

気づいていたときには新型インフルエンザが広まっていた、なんてのも日本人はつい数年前に経験したばかりだ。

大人だって冬場になれば一度は喉がイガイガして、ウイルス性もしくは細菌性の風邪を疑うことがあるだろう。

 

つまりウイルスによる感染症は地球の自然界で生きる上で必ず取らざるを得ないリスクであるのだ。

 

だから必ず訪れる死を受け入れまいとして、コロナだけと戦うことはナンセンスなのである。

 

本当に感染症による死を恐れて戦うならば無菌室で生きるか、ウイルスや細菌を撲滅するかしかないが、

地球上でのウイルスや細菌の働きを少しでも調べたならば、彼らなしでは人間の生活は成り立たないのはすぐにわかる。

例:体内には何種類もの細菌が住んでいる

 

 

よく考えてほしい。

すごく根本的なことを。

人間が自然を利用しているように見えているが、実は人間が自然のサイクルに組み込まれているだけだ。

 

人間はやはり自然の一部なのだ。

最後は誰も彼も土に帰る。

 

それを忘れて新型コロナだけに怯えてはいけない。

コロナで死ぬことを悪としてはいけない。

いずれ死にゆく我々にコロナにかかった人を悪として石を投げる資格などない。

 

大切なのは時限式の人体をどれだけ有効に使うかだ。

怯えたら怯えた時間だけ無駄にしている。

 

ちょっとしたリスクマネジメントをする。

年間死者3000人の新型コロナを恐れて里帰りを拒否した翌日の風呂場で年間死者17000のヒートショックにより死亡する。

 

単純にヒートショックのほうが遥かに死ぬ確率が高い。

なら最後に孫やら娘やら大切な人に会っておいた方がいいとは思わないのだろうか。

 

大切な人が持病を抱え余命いくばくもないならば、感染対策を行った上で、地上の美しさ、人間として生まれたことの意味を感じさせて上げてほしい。

いや、どちらかというと、もし私がそういう死に際であれば、生にしがみついて家に閉じこもるよりも、楽しいことをしたいだろうなぁと思う。と言ったほうが正しいかも。

ココらへんは個人の自由である。

 

ただただ、コロナに異常に怯える人に、

死ぬことは悪い事ですか?

あなたは何で死んだらいいですか?

あなたの家族は何で死んだら心休まりますか?

と聞きたい。

 

コロナってさぁ…

コロナ流行ってますね。

もう今年の流行語予想できちゃうくらい。

 

私は正直、今も以前も新コロはあんまり怖くなくて、

相当初期の頃から「これって集団ヒステリーだよなぁ」と思ってました。

特にあのニューヨークのシンママ動画?

みてて恥ずかしい。

完全パニック状態。冷静に話してるけど興奮気味なの。

んで、元々ヒス気味だった国内も海外の状態を見て完全ヒステリー状態に。

 

マスコミはそれを煽り、ネットは怪しい情報に踊らされて、ほんとバカみたい。

 

マスコミに関してはマジで許せないと思いますね。

人間は未知のものを怖がる。

怖いから縋りたい一心で情報を集める。

だから視聴率伸びるってわかるから無駄にコロナの時間を増やして、危険危険叫んで。

 

ほんと、テレビ叩き割りたいくらい。

 

YouTuberもコロナって題名に付ければ再生数伸びるからって、中国の状態とかヨーロッパの状態とかやって。

日本と海外じゃあ、生活様式も食べ物も経済状況も違うんだから比較しようがないのになぁと思ってました。

 

あと病院も。

風邪症状来ないでってさぁ…なんのための病院なのよ…

んでコロナで収入落ちたからボーナスカットで看護師がストライキとか…

コロナのせいで患者増えたの?減ったの?

医療崩壊するくらい患者増えたんじゃなかったの?

なら収入増えたよね…

あ、そっか、患者お断りしてたからヒマだったんだね、なら賃カツ受け入れたら…?

 

でもそんなこといったら非国民扱いされるからね(笑)

恐るべし集団ヒステリー。

 

あ、ちなみに今も私はあまりマスクしません。

自慢じゃありません。

必要性が感じられないからです。

咳とかしてないですし。

スーパーとかそのまま行きます。

人が多くて問題起こったら面倒だなぁと思ったらしたりしますが、その程度です。

その代わり手の消毒は結構重要視してますよ。コロナだけじゃなくて他の病気も嫌なので。

 

ところで、私がなぜこんなにコロナ騒ぎに否定的かというと、実は私はもうコロナに罹っていたと思うからです。

 

正確な時期は思い出せませんが、ロックダウンという言葉が流行るもっと前、2月上旬だったかな?

息子から家族全員に変な風邪が移りました。

症状は

・38前後の熱(1日で下がるがその1日〜2日後にまた上がる)

・酷い倦怠感が1週間くらい

・何日も続く頭痛(偏頭痛じゃないかんじ)

今考えると新型コロナっぽいですよね。

 

その頃は中国で新コロが流行っていてマスコミも騒ぎ出したが、中国から観光客は来放題でしたので、

「もしかして新コロじゃない?」

なんて会話していたのを覚えています。

家族皆同じ症状でしたし。妙な風邪ねぇ。と家族全員で思いました。

 

私の中では確信に近いものがあるのですが、検査したわけじゃないので他人には言いませんけどね。

家族内では「あれは新コロ」と言うことになってます(笑)

 

それに、当時の(主に中国での)年齢別致死率をよく見てみると、若者は死に難く、年寄りは死にやすい傾向がありました。

これって元々死にやすい人が死んだってことなんじゃないかと。

元気な若者を殺すほどのウイルスではないのではないかと考えたのです。

 

参考に年齢別死亡率(保険マンモスHPより)

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コロナの年齢別死亡率(日本経済新聞より)

f:id:htnki:20200818163741j:image

 

死亡率の曲線重なりますよね。

ってことは亡くなられた方は残念ではあるけれど、亡くなるべくして亡くなった感ありますね。

もしウイルスの毒性が強かったらなら、感染者数のカーブに死亡率の曲線が引っ張られてそうなもんです。

 

そんなこんなで新型コロナを全然怖がってないのですが、

私の住む田舎では風評のほうが怖い状態。

集団ヒステリーってやっぱり怖いですねぇ(笑)

 

もうね、田舎の人は万が一新型コロナになっても病院行かなけりゃいいのです。

検査しなければただの風邪です。

ただの風邪は言い過ぎですが、

病院に行っても入院で上膳据膳を味わうくらいしかメリットありません。

だって治療薬ないですから。

治療法はただの風邪と一緒です。

だから家で静かに休んでていいんです。

新型コロナって名乗り出なくていいのです。

高熱が何日も続いたり肺炎なりかけたらその時に病院行ったらいいのです。

逆に言うならば、体調が少しでも悪かったら安静にしてろってこと。

 

人間の死亡率は100%なので、入院しても死ぬときは死にますし、生かされるときは死なずに助かりますよ。きっと(笑)

 

先日非常に納得できるページがあったのでメモついでに貼っておきます。

https://www.mnhrl.com/corona-jail-2020-4-14/

 

私のよく聞くテレフォン人生相談で、パーソナリティの加藤氏が言っておられました。

「人は一人では生きられない」

今のコロナ禍の異常な自粛ムードは人をより孤独な状況に追い込んでいるように感じます。

 

私は、人はより自由に、より楽しく、より自分らしく、生きるべきと考えています。

 

マスコミの過剰な煽りに惑わされず、自分の生き様を見つけるべきですね。

コロナウイルスの根絶も永遠の排除も100%不可能なので、煽られて不安になるだけ無駄ですよ。

 

 

あ、コロナの自粛で一つ二つわかって良かったこと。

日本人の皆さん働きすぎですので、しっかり休養をとりましょ。

すべての感染症予防になります。

 

それとテレビはクソゴミなので見ないほうがいいと思います。

思考が止まっちゃうので。

 

政府はね、gotoするなら指定感染症はずす検討くらいしてほしいもんですね!!

 

 

怪しい団体と性教育の話

家の玄関のチャイムが鳴って1番警戒するのが「訪問販売」と「宗教」。

我が家にもこの人達がよく来る。

電話でも。

 

でも私は「興味ありません」と一方的に話を終わらせてしまう。

 

私が1番嫌いなのが「宗教」「マルチ」「自己啓発」だからだ。

 

私は人の判断を極端に歪ませる行為が大嫌いなのだ。

宗教に関しては「心の拠り所」としての重要性は認識している。

だが、宗教の信心とお金を結びつけようとする部分が大嫌いである。

 

詰まるところ洗脳により弱みにつけ込み1番の大元が得する行為が、人間の嫌らしさを現していて恐ろしささえ感じるのだ。

 

しかし勧誘に来る所というのは

わかりやすい=断りやすい

ってことで、ある意味良心的かなと思う。

 

 

一方で実にわかりにくい団体もある。

 

 

先日ある集会があった。

信用のおける団体が主催で外部から講師を呼んで行う講義だった。

 

まぁ、身バレ覚悟で書くけど

『パ○ツの教室』

とか言うところから派遣された講師だった。

 

子供の性教育に関しての講義だと言うことで、とても興味を持ち参加してみることにした。

 

内容を5段階評価するならば1に近い2。

 

聞いてがっくり。

講師が主に語ったのは『性教育の大切さ』。

 

はあ?

 

大切なのはみんな知ってますって。

 

私にだって、子供が年頃になれば性教育が重要なことなどわかっているのだ!だがどうやって教えたらどうやって話のきっかけを作ったらいいのか、具体的なそれがわからないんだよ!

 

と、完全な肩透かしをくらってしまった。

 

講義内容を抜粋すると

性教育は大切です!教えるのは愛です!」という事。

軽くその説明された後、

「ではお隣に座ってる方と子供に聞かれたらこうやって答える。を実演してみてください!」

との突然の指示。

「まぁ一応やるか…」

と言う訳でやってみたが、やったらやったでやりっぱなし。

答え合わせがないのだ。

 

こんな答え方は良くないよ。

こう答えたらどう?

などの指導もなし。

なんのためのシュミレーションだったんですかねぇ。

 

講師も早口で時折聞き取れない部分もある。

コーチングをやってるなんて言ってたけど本当?と疑いたくなるような講義を1時間。

 

時間を無駄にしたなぁ。が正直なところ。

 

 

帰ってから講演会で貰ったパンフレットを見つつ思った。

この講師の団体ではパ○ツの教室なるものを開催しているらしいが、

こんな薄い内容をお金出して何度も通って聞きたいと思う人がいるのかな。と。

 

この具体性のない講義…教室…なんか臭うな…と思い、この団体をググってみた。

 

この団体の主催の教室に通うには計7回で約10万が必要らしい。

内容は多分性教育の大切さにつながる何かなんだろうが、サイトからは具体的な内容は一切読み取れない。

さらにインストラクターコース的なのにも誘導されている。こちらは約36万(教材費別)。

 

内容を知らずにケチをつけるつもりはないが、

40万出せば誰でもインストラクターになれるような内容。

しかも性教育の内容。

疑問が湧く。

誰でもインストラクターになれるのだぞ?

聞く必要ある?

専門知識資格必要ないってことだよね???

保健師でも医師でも看護師でもない人がやるんだよね?

聞きたいと思う?

これって○○商法?

 

インストラクターになれば誰でもパ○ツの教室が開ける。

教室を開けば受講代はこれだけ儲かりますよ。

だがその前にインストラクターになるのにこれだけお支払ください。的な。

儲かりますとは言わないかもしれない。親子愛の伝道師になりましょう!なのかもしれないね。

 

大学生が塾で即戦力アルバイトになるくらいなのだから、

講義内容に需要がありさえすればインストラクター養成講座なぞ無料で、受講生の受講料で儲けられるはずなのになぁ。

 

誰にも需要の無さそうな教室でも、時間はあるけどお金の必要な世代の主婦に『愛』だの『性教育』だの一見まともそうな事を話していれば誤魔化しが聞くのかもしれない。

 

こういうのは発案者が1番儲けが出ていればいいので、「あれ?」とこれっぽっちも思わなければ、もっと言うと被害者がいなければ、それで終わる話なんだろうなぁ。

 

 

なぁんてゲスな考えをしちゃうのだった。

 

 

ちなみに私が高校時代に受けた性教育が非常に秀逸だったので覚えているのをほんの少し。

 

まず、講師は受講生の二人を壇上にあげた。

『お二人に手を繋いでもらいましょう。

できますね。

ではちょっと恥ずかしいけどハグはどう?

うんうん、なんとかできるよね。

じゃあキスは?

無理だよね。どうして?どうしてだと思う?

実はこれはとても正常な反応です。

 

ここでちょっと体の説明をします。

人の体を被っているのは「皮膚」と「粘膜」です。

実は皮膚はとても丈夫で細菌やウイルスが体の中に入らないようにできています。

ですが粘膜は違います。

ある意味内臓と同じです。

ですから粘膜の部分は大切にしなくてはいけないと本能的に守っています。

 

唇はどうですか?

皮膚ですか?粘膜ですか?

粘膜ですね。

ですから本能が体を守ったのです。

 

他にも粘膜の部分はありますよね。

そこは大切に守らなくてはいけない場所です。

よく知り信用できる相手でなければ触ってほしくない場所であり、

触らせてはいけない場所なのです…』

 

結構うろ覚えなのだが素晴らしい講演会であった。

まず、人間の身体の特性を踏まえて理論立てて話してくれたので説得力があるのだ。

母親だって説明するに当たって理論は必要なのだ。愛だけでは説得力がでないのだ。

 

こういう上質な講義を母親に提供するのが、今回の主旨だったと思う。

主催者ももうちょっと選定してよ。と思う。

だが、きっと依頼するのにもいろいろ制約があって大変なんだろうなーと同情してしまう部分もあるので諦めてるけどね。

 

ばあちゃん子の結末

過激な内容かもしれないので、こんな考え方の人間もいるんだ、という様に受け止められる人だけが読んでほしい。

 

私は性格的に物事に対して「自分で始めたことは自分でけりをつける」と考えてところがある。

だからかもしれない。

「自分で産んだ子供は自分で育てるべきだ。」と思っていて、

「じいちゃんばあちゃんにいつも預けて仕事行ってる。すっかりばあちゃん子なんだよー」

という人を見ると、

表面上は

「うらやましいなー。おばあちゃん達も嬉しいだろうし、頼れるうちは頼っちゃっていいと思うよ!」

なんてテンプレ同意をしているけれど、心の中で結構軽蔑してる。

もちろん止むを得ずそうなる状況もあるわけで人の家庭状況の全てを判っているわけでもないのだから軽蔑する資格などないのだけれども、

それでも母親は多少苦労しても子育ての主導権を握らなくてはならないと思ってる。

 

さて、以前の記事

 

htnki.hatenablog.com

にて、子育ての結果は孫の代にならないとわからない。と書いた。

 

しかし今までの経験から

・おばあちゃん育児

・褒める育児

は私は認めるわけにはいかないと考えている(現時点で)。

 

なぜなら私にはおばあちゃん育児、及び褒める育児に否定的な意見を持つには十分な検体が存在するからだ。

 

夫である。

 

夫は幼いころからおばあちゃんに育てられた。

夫曰く「オレばあちゃん子」と。

夫と結婚する前、付き合っている頃から性格の部分で少し「?」を思う部分が全くなかったわけではない。

が、総じて、人当たりもよく目上にも同僚にも好かれ、エネルギッシュで、飲む打つは嗜み程度、女性借金暴力悪癖なしで女性の想像するいたって標準的な夫であった。

 

しかし、結婚し子供が生まれ自分が母になると私の夫への評価はマイナスへ向かう。

いくつかそのマイナス要因を記す。

 

・不快感に対して非常に敏感で攻撃的にそれを表す。

・オレは一番

・自分の行動を絶対に曲げない

 

夫がこのような性格の欠点の特徴とそれを身に付けるに至った原因を今の私の考える範囲で夫の幼少期の育児環境に関連付けてみる。

 

まず最初

・不快感に対して非常に敏感で攻撃的にそれを表す。

 

非常に厄介で、暑い寒いお腹がすいた眠い痒い痛いが少しでもあると、周りに当たりちらし、なぜか他力本願で解決しようとするのである。

 

 

これは非常によくばあちゃん育ちの特徴が出ていると考える。

ばあちゃんは暇で一日中、幼少期の夫と二人っきりの状態だった。

そうすると、夫が不快感を少しでも感じた時点でおばあちゃんが対応する。

おなかが減ったらすぐ食べられるようにお菓子を用意し、常に熱くないか寒くないかをチェックし、眠くなった様子が見えたらお布団に誘導する。

そうやって育ってきた。

その結果、夫は己の不快感をコントロールできず、私が萎縮するほどの強烈な態度で表現し、しかし自ら解決に導くことをしないのである。

 

私が一言で表すならば自立ができていない。

 

夫が不快感を表すとき「あなたは今○○でイライラしてるから自分で××したら解決すると思うよ。」と具体的に解決策を与えることにしてる。

 

 

次に

・オレは一番でなくてはいけない

 

おばあちゃんは孫かわいさにとにかく褒める。

なんでも褒める。

さて、そのまま大きくなり、働き出し、サラリーをもらい、結婚し、子供が生まれる。

新婚のうちはちやほやお世話をしていた私も子供が生まれ、日々が子供中心で回っていくなかで扱いが変わってくる。

優先順位は手のかかる子供→いい大人な夫となる。

 

その時夫は気づいたのだろう。

「自分ちやほやされてない」

と。

そしてうまくちやほやしてくれる女性に手玉に取られ、不倫未遂事件まで起こす。

 

 

これは褒める育児の弊害である。

 

他人に褒められてきたため、自分で自分を認めることができず他人の評価が全てであると考えている。

実際、夫は極端に外面がいい。

 

常に褒められる立場でなければ安定せず、褒めてくれる存在を必要とする。

不快感は他力本願で解決しようとする短絡性もここに影響してくる。

褒められないならなぜ褒められないかと考えたりしない。

良いことでも悪いことでもとにかく何でもいい、褒められるための行動をとろうとしたのだ。

 

さらに常に褒められてきたためとにかく自分が一番だ。

「オレが一本上の線に立っていて他の人はその下」と無意識に考えている。

彼の中では「対等」という言葉は存在しない。

 

夫がモラハラと呼ばれないのは私がモラハラを受け付ける体質でないからなのかもしれないと思う時が稀にある。

 

 

次に

・自分の行動を絶対に曲げない

 

褒められて育つため自分が一番と意識するのは上に書いた通り。

そして幼少期にばあちゃんに甘やかされることにより「偉いオレがこう言ってるのだからそうなるはず」と勘違いをしたまま育つ。

夫婦で何か揉め事が起こった場合、夫は冷静に議論をし、一旦はこちらの要求を了承するものの、絶対に自分を変えることはしない。

つまり夫の行動に変化が起こり続いた試しはない。

本当にしない。びっくりするくらいしないのだ!(笑)。

 

 

こうやって褒める育児とおばあちゃん育児は私の中で否定されたのである。

 

 

夫が不倫未遂事件を起こした際、なるほどなぁと感心させられた。

やはり私の分析は間違ってなかったのだ、と。

 

「孫が不倫事件を起こして家庭崩壊させて一人で生きていくことになるような育児しかできなかった、やっぱり、貴方のばあちゃん育児は間違ってたんだね。」

と、今まで自慢げに語っていたおばあちゃん育児を全否定し、上記内容にて性格の欠点を挙げ、謙虚に生きることを教えた。

※離婚はしないのだからこれくらいの嫌味は言っても許されるだろう。

ま、『不倫ってほぼほぼ性欲だ』ってのは付け加える必要があるだろう。

 

 

これから育児をする人には

『三つ子の魂百まで』を、

これから結婚相手を探す人には

『年寄っこは三文安い』

の言葉を贈りたい。

 

 

育児休暇退職騒ぎについて思うこと

またしてもツイッターからの転用。

パピ_育休5月復帰 on Twitter: "改めて決意 夫日系一部上場企業で育休とったら明けて2日で関西に転勤内示、私の復職まで2週間、2歳と0歳は4月に転園入園できたばかり、新居に引越して10日後のこと。 いろいろかけ合い、有給も取らせてもらえず、結局昨日で退職、夫は今日から専業主夫になりました。 私産後4か月で家族4人を支えます"

 

ほんと最近こういうの多くて嫌になる。

ノイジーマイノリティの弊害ってやつかな。

 

今回は

夫が育児休暇を取った。

その後出社したら転勤させられそうになりました。

なので夫が退職し私は大黒柱になりました。

という経緯らしい。

 

申し訳ないが奥さんアホかと。

旦那に育児休暇を取らせるということは、男も女も等しく同じように育児に参加しろよ。

という意味が込められている。

男女平等に、という主に口煩い女からの意見なのだろうか。

※育児休暇とは長期的な育児参加のための休みという認識です。

 

 

ならば、母親が大黒柱になったとてどうして文句が言えようか。

男女平等に休みを取るのならば、男女平等に働くのが筋ではないか。

旦那が専業主夫になったとしたらなにが困るのだろう。

 

声高に『産後数カ月で大黒柱に』などと被害者面して言っているが、

男女平等を望んだのは貴方でしょう。

と言ってやりたい。

 

『旦那は育児のために出世を諦め退職しましたが、次の職場が見つかるまでは育児をお願いできそうです。私が頑張って仕事します。出世を狙うぞー!』

とでも言えばいいものを。

 

男女平等などありえないのに、男女平等なんて叫ぶからこんなことになるのだ。

 

男と女は違う。

こんな人類が生まれたときから持つ、固定された特異性をなぜ否定するのか。

何故本質を見ようとしないのだ。

何故何もかも同じにしようとするのだ。

 

子供はどうしても母親を求める。

母親は子供を育てるための機能を持つ。

これは遺伝子に刻まれた人間の性質だ。

だからこそ、今までも女性に育児休暇が認められて数多くの実績がある。

しかし男性に子育てが果たしてできるのか。

 

二人目だから大変?

世の母親達はそれをこなしてきた。

苦労を押し付けるな?

楽を認めるな?

そうじゃない。

男に育児は無理で、二人目ならまだ母親1人でなんとかなる。

協力を仰いだり支援サービスを利用したりするべきだった。

それでも不安なら家族計画が間違っている。

 

何かを得ようとしたら何かを捨てなければならない可能性がある。

今回は子供を得たのだから、仕事の配分を減らさざるを得なかったパターンだ。

 

私から言わせれば、奥さんは仕事をもっとセーブしなければいけなかった。

そして旦那に育児休暇をとらせてはいけなかった。

新居を立てる時期も本当に最悪だった。

単身赴任を認めるべきだった。

 

この人は被害者面をするべきではない。

被害者とは罪もないのに被害を受ける人だ。

今回は主に奥さんの努力不足により生じた家庭生活計画の狂いへの苛立ちを、旦那の企業にぶつけただけだ。

このツイートをした時点でただのサゲマンにしか見えない。

 

ノイジーマイノリティの意見は、

本質を見抜き

自身を変える覚悟

がなければ賛同してはいけないのだと、こういった都合のいい部分だけ拾ったような暴走がある度に思うのだ。