htnki’s diary

たまには叫びたい事もあるさ

地上の星は何処へ

先日NHKで平成の紅白歌合戦のハイライト的な番組をやっていた。

子供と見ていたので、この歌手はこんな歌も歌ってる、とか、この時代はこんなことがあった。とちょいちょい注釈を加えながら見ていた。

その中で中島みゆき地上の星が流れた。

「この歌を聞いたらエンジニア達は涙が出るんだぞ」

と言ったがそれと同時に『今後日本でエンジニアが活躍できる場所はなくなるかもなぁ』と独り言を呟いてしまっていた。

 

電気メーカーや自動車メーカーが人員削減を進め、半導体日の丸飛行隊は墜落し、電気メーカー各社の希望とばかりに創設したジャパンディスプレイが売りに出されている今日、果たして日本のものづくりに未来は見えるだろうか。

 

ものづくりで儲ける事が難しくなってきているのが伺える。

今儲けているのはお金を回している人間だ。

z〇z〇のあの人とか逮捕されてしまったがゴーンさんとかだ。

あの人たちは決して自ら何かを生み出してはいない。

エンジニア達が産み出したお金という玩具で錬金術を使ってお金を得ているだけなのである。

 

そしてサラリーマンのエンジニア達には相応のお金は回ってきていない。

常にコストダウンを要求されリストラに怯えながら、いや、脅されながら低い賃金で働かされていると感じる。

 

実際、技術力は中国に抜かされているし、有能なエンジニアの流出が起こっていると噂に聞く。

 

私はこの現状が非常に悔しい。

もう少しエンジニア、もっというと現場のサラリーマン達に恩恵があっても良いのではないか。

 

日本人は手先が起用で根気強く元々頭のいい種族だ。

だからメイド・イン・ジャパンが生み出されたし、長い歴史を見てみても、欧米に戦争で勝つ事もあったのだ。

 

私の今見ている日本は何かおかしい方向に進んでいる。

お金儲けに罪悪感を感じる日本人が、ユダヤ人や華僑を産み出した中国人と金融戦争や貿易戦争で勝てる訳がないのだ。

なのにグローバル化と叫び世界と戦い、競争に敗れ、お金の扱いの上手い人間に上澄みを持っていかれる。

 

だから日本はもっとコンパクトに、より閉鎖的になるべきなのだ。

地域で使うものは地域で作り、さらに日本で使うものは日本で作る。

そのためには東京の一極集中を改善しなければならない。

日本の物はほぼ地方で作られている。

地方が力をつけねば、お金しか集まらない東京など、世界とのお金の戦争ですぐに終わってしまうのが何故わからないんだろうか。

 

イギリスのEU離脱なんていい例だ。

もし世界で勝負するなら日本人を日本以外のアジア人並の賃金にするしかなくなるのだけれども、今の日本の支配層は日本人をそうしようとしているんだと思う。

移民政策もその一環だろうと近頃思うようになってきた。

 

子供には『日本は将来潰れるかもしれないから中国に行く用意をするように』と言っている。

 

私は決して左派びいきでも中国びいきでも無いが、日本人の特色を活かしつつ、エンジニアとして生活するためには中国あたりが次の重要国になるのではと見ている(今実際そうだろう)。

 

もうすぐ日本人にとって冬の時代が来るとひしひしと感じる主婦の独り言である。

 

 

 

 

教育論について思うこと

先日、といってもかなり前のこと。

この事件をネットで見た。

togetter.com

 

 

世間の反応は

「かわいそう」

「早く逮捕して」

「保護してあげて」

などなど。

 

しかし私の第一印象は

「お母さん手加減してる」

であった。

 

なぜわかったかというと、私もまた叱るときに子供を叩くからだ。

批判はあるだろう。

だが私は私の子育てを全うすると決めている。

 

 

確かに世間では『虐待』による痛ましい事件が起こっている。

テレビやネットを通じて入ってくる事件に関する情報は、聞くに堪えないくらいのものが多い。

 

だからなのだろうか。

体罰』=『虐待』

この式が成り立ってしまっている。

 

いや、待て、と。

虐待と躾は全然別でしょう、と。声を大にして言いたい。

 

まずはwikiで『虐待』を調べてみる。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%99%90%E5%BE%85

 

重要なのは最初の一文だ。

そう。

親が批判されるべき虐待とは、逃れたくても逃れられない日常的なハラスメントに当てはめるべきなのである。

 

母親業をしていればわかるのだけれども、

子供に絶対に言うことを聞かせなければならないこと。

というのが存在するのだ。

また、母親だってイラっとすることがある。

母親は教師じゃないのだから、感情が高ぶることがあって当然だろう。

 

だから私はツイッターのその動画を見たとき、母親へ同情してしまった。

 

子供のほうはたぶん大丈夫だろう。

もし虐待されていたら「弟の虐待動画をスマホで撮影しツイッターにアップする」なんて芸当はできないだろう。

本当に虐待されている子もしくは兄弟児はスマホなんて触らせてもらえないし、SNSなんて知らないはずだ。

また逆に考えると、SNSにアップするなんて悪知恵が働く兄貴の弟だ。

母親をてこずらせることもままあるだろう。

まあいろいろと察する部分がある。

 

だから、子育てを知らない人たちがその動画をみてあーだこーだいうのが本当に許せなかった。

大抵の場合、あーだこーだいうのは若い世代が多く、子育てというものを経験していない。

正義の味方ぶって、虐待だ虐待だ騒ぐのを見ていると虫唾が走る思いだ。

 

 

同じように巷の教育論者とか教育評論家、子育てアドバイザーなんてのもちょっと胡散臭いと思っている。

「子供は叩かずに育てる云々~、勉強は云々~」

なんて言っているのを見ると

「ほんとかよ。。。」

と思ってしまっている。

なぜなら、私はその教育論者の子供がどのように育っているか、育児教育の結果及び成果を見ていないからである。

 

例えばちょっと昔に

尾木ママvs佐藤ママ』

なんてのがあった。

尾木ママは佐藤ママにかなり感情的に反論していたのが印象的である。

※これはそもそも語る土俵が違っていたと個人的には思う。

尾木ママは子育てを論じているのに対し、佐藤ママは家での学習方法を語っていたからである。

 

どちらが正しいということはないだろうが、実績として、

佐藤ママは東大に子供を進学させた。

一方、尾木ママの子供は見たこともないし、話しに聞いたこともない。

教え子も見たことがない。

 

子供の教育結果が見えている佐藤ママと子供の教育結果の見えない尾木ママ

 

どちらが信用するに足るかは一目瞭然である。

 

 

つまるところ私の考える教育論とは

自分の子供の子供、つまり孫が犯罪を犯さずにきちんと立派に成人したときに、自分の子育ては正しかったか正しくなかったかを論ずることができるのではないかと思っている。

 

だから今子育て真っ最中の母親同業者も、教育関係者も、ましてや成長期の真っただ中の若者も子供たちも

他人の教育を論ずるに値しないのである。

 

人の人格形成は結果論でしか語れない。

 

親が叩かなかったから悪人になった人もいるかもしれないし、

親が叩いたから聖人になった人もいるかもしれない。

 

逆に、子供のほうも、

叩かれるほど性根ねじ曲がった本質をもって生まれてきたのかもしれないし、

たたく必要がないほど素直で物覚えのよい性格で生まれてきたのかもしれない。

 

だから私は尾木ママみたいに

「叱らず躾」

なんて正義の定型文を発している人間も、

虐待のニュースに過剰反応する人間も、

それを嬉々として報道しするマスコミも、

大嫌いなのだ。

 

 

野球離れをさらに掘り下げて思うこと

先日、子供の野球離れについての記事を書いた。

 

htnki.hatenablog.com

 

これをもうちょっと掘り下げて考えてみようと思って記事を書くことにした。

 

先日書いた記事では野球をやる子供が減っている理由を

1.親の負担が大きい

2.野球がダサい

3.高野連

として書いたが、かなり表面的な問題点を挙げていると自分でも思う。

子供はやりたいと思ったことはやるだろうし、親も子供がやりたがっているのだから協力するだろうからだ。

 

ではなぜ野球少年が減っているかといえば、理由は簡単で、野球が魅力的なスポーツではないからではないだろうか。

それは子供にとっても親にとっても。

 

 

思い返せば昭和の終わり。

今の子供の親が子供だった時代、野球は非常に人気スポーツであった。

しかしながら人気スポーツ故、強烈なアンチも生み出したのも忘れてはならない。

 

 

他の番組をつぶされるゴールデンタイムの野球中継。

スポーツといえば野球、なんでも野球、野球が全てのマスメディア。

野球に管をまく酒とたばこの匂いのおっさん達。

「国籍宗教野球の話を出すな」と言われるほどファンにとってはナイーブ(笑)な問題となるらしい応援球団闘争。

チンピラ風情の野球選手。

絶対的年功序列と厳しい指導の野球部。

 

昭和の野球の持つ暴力的で横柄な態度は、野球を『好きでも嫌いでもない人』から『アンチ』へと変貌させた可能性がある。

 

昨今『老害』という言葉が叫ばれているが、どうだろう。野球をこよなく愛する人間像は、老害をまき散らす人間像と重なりはしないか。

その老害、あ、いや、野球愛溢れた人間の被害を受けた当時の子供が、今の子供の親世代だ。

 

さらに、今の親世代が一番青春を謳歌した時期にJリーグやWCでサッカーがブームになった。

週刊少年ジャンプスラムダンクを連載していた。

夏はサーフィンに冬はスノボに行った。

野球部は全員丸坊主だった。

ファミコンが趣味になった。

 

もうすでに野球プロレス相撲しか選択肢がなかった時代ではなかったのである。

次第に野球への関心が薄れていくのは当然である。

実は本当の野球離れはこの時点で起こっていたと私は考える。

 

 

その影響は今の子供たちに続く。

 

親が野球中継を見ないから子供に野球が浸透しない。

親がグローブを持っていないから子供とキャッチボールをしない。

親は他のスポーツの楽しさも知っている。

また引退後の生活苦や犯罪に走る選手をみて、収入の不安定なプロ野球選手に憧れることはない。(何しろ今の若い世代はお金に厳しい。年金が確保されていないのだから。)

 

 

さらに考慮しなければならないのが時代の影響である。

 

わからないことがあるとスマホでさくっと検索する時代である。

図書館まで行って本をめくる時代は過ぎてしまった。

なんでもせっかちになりつつある人間が、展開の早いスポーツに惹かれるのは必然である。

ヒットを打ってくれるまで目立つことのない外野、打席が回ってくるまでベンチに座っているようなのんびりスポーツの魅力を語るのは難しい。

 

もちろん野球を好きな人間というのはいる。

だが、野球に興味を持たない人間のほうが多くなっているということが、子供の野球離れに表れていると考える。

団塊世代がジジババになった時に野球一強が終わるのは必然だったのである。

 

残念ながら野球をかつての隆盛を取り戻すことは難しいだろう。

 

ではどうしたら野球ブームが起こるのか。

 

ここで疑問にぶち当たる。

何故野球離れをしてはいけないのか。

『野球離れ』と叫んで、選択肢の少なかった時代の異常ともいえる野球人気を取り戻そうとしていること自体がおかしいと思わないのだろうか。

野球だけが国民的人気スポーツでなくてはならないのか。

 

実は全く野球一強である必要などないのである。

 

少年野球崩壊などと言うが、スポーツの多様性と世界的な普及率から考えたら適正な競技人口に近づきつつあると考える方が妥当である。

 

なぜここまで野球だけが野球離れを危惧せねばならないのか、大人の事情が伺えるところが本当の野球の厭らしさなのだ。

 

野球に関わる多くの利権団体や野球に付きまとう悪いイメージなどの負の遺産清算し、

堅実に細く長くオリンピック種目採用を目指し続けていくほうが、より子供たちのためのスポーツになるような気がしてならない。

お隣の話

お隣と言ってもご近所の人の話ではない。

 

『お隣にできるなら何が嫌か』

という話だ。

 

最近話題になっている南青山の報道で色々考える事があった。

 

所謂、南青山の児相建設問題に関しては「反対派は何頓珍漢な事言ってんだか」という世間の大多数と同じように思ったし、なによりも我が家には全く関係のない話なのでどうでも良いと思っている。

 

さて、実は以前我が家のご近所にも似たような案件があった。

近くに消防署が建設されるという案が市議会で通ったのだ。

消防署といえば地域の安全のために必要不可欠なものである一方、24時間体制のため夜の騒音が問題視されることがある。

 

通っていた近所の美容室のオーナーは『絶対に煩くなる!』と断固反対のようだった。

古くからの住民も同じような意見である。

『なぜこんな交通の便が悪いところに!』と。

 

街の最新鋭の設備が我が家のすぐそばにできることをなんとなく喜んでいた私は内心驚いていた。

そうか、煩くなるのか。夜寝ていてもサイレンで起こされるようになるのか。と。

騒音等の要因で地価が下がることも考えられるらしい。

そう言われると建設に反対したくなる。

まぁ、もう市議会で承認されちゃったし。と諦めてはいたけれど、改めて考えさせられたのだ。

 

しかし結局、私は反対運動をする事はなかったし、反対を表明する事はなかった。

 

 その当時の消防署は非常に古く市の規模に対して小さく狭くもあった。

いずれは移転立て直しが必要なことは素人目に見ても明らか。

『その時消防署は必ず誰かの家の隣にできる。』

隣でなくても民家がご近所にない場所などそうそう無いであろう。

だから、近くに消防署ができるのは致し方ないのだ。

砂埃や騒音で問題になりがちな保育園だって、救急車がよく来る老人ホームだって病院だって誰かの家の隣だ。

逆に消防署という緊急システムを市民として使っていたならば『今まで消防署のお隣に住んでくれた人ありがとう』と言わなければならないのだ。

 

そう考えたらなにも消防署如きに反対する理由が無いことに気がついた。

我が家の隣に出来て反対すべきものはもっと他にある。

 

現在、我が家のご近所には真新しい消防署が建っている。

結果を言うとメリットしかなかった。

近くに救急車消防車が待機しているという安心感。

緊急車両が通るため優先的に整備される道路。特に冬場に必ず撒かれる融雪剤や除雪は本当にありがたい。

去年は新しいICが出来た。

高速通勤の夫は、毎朝車で1分のそのICから高速にアクセスしている。

子供達は保育園の時も小学生になってからも見学させてもらいに行っているようだ。

 

ちなみに夜中にサイレンで目覚めたことが無い。

我が家の隣の空き地にも続々と家が建ち始めている。

誰からも消防署に対する不満を聞いたことがない。

 

 

猫に留守番をさせた話

動物愛護の人って大げさだし声も大きいし主張が押し付けがましいから、猫関連の話って避難浴びそうで微妙だと思うんだけど、猫に留守番をさせた話をば。

 

正月に実家の父が独りだというので、年末年始2泊3日で実家に帰った。

猫を独り家に置いて。

 

この2泊3日という日程は、

父に孫を存分に味わってもらい年越しをみんなで過ごしたと感じてもらえる時間と、

おせち&雑煮を用意したり年越しの準備(年越しの料理がやたら豪勢な地域)にかける時間と、

猫に留守番をさせることが可能な期間、

この3つの微妙なバランスの上に成り立つギリギリの日程だった。

 

父と料理は自分の努力しだいでなんとかなる。

問題は猫だった。

 

一度実家に帰る際に猫を一緒に持っていたことがある。

その時猫は、慣れない家に座敷の奥の手の届かない衝立の奥で3日間怯えて過ごしていた。

猫のためにも自分のためにも次は連れてこないほうがいいだろうと、布団の中で蠢くホコリだらけの猫を抱えながら思った。

 

こんな経験があるので連れて行くなんて選択肢は元からなく、猫に「なんとか頑張れよ」という気持ちでいた。

 

トイレの砂を多めに用意し水と餌を山盛りにし出掛けた。

寒さは24時間暖房が付いている家なのでなんとかなるだろう。

 

猫の一泊の留守番は頻繁にやる。

だけど2泊の留守番は初めてだ。

実家にいても猫のことがなんとなく気になる。

しかし布団を独り占めし大の字で寝るのは久しぶりで快適だ。

 

3日目の朝「猫が心配だ」と言い残し、旦那は早々と家に帰っていった。1人で。

 

午後になり私と子供が家に着きリビングに入ると 旦那の膝の上に猫がうずくまっている。

日常見ることのない光景だ。

猫が私に気づくと大きく「ニャー!」と鳴き飛びついてきた。

 

どうやら相当寂しかったらしい。

普段接することのない旦那に甘えざるを得ないほどに。

それから2日くらい経つが以前より甘えん坊になった気がする。

 

持論だが、猫は家族意識というか群れみたいなものをきちんと認識している。

我が家の猫も家族が消えなぜか独りにされて不安だったに違いない。

 

以前より余計に甘えてくる猫も可愛いが、次の帰省はどうしようか悩むところだ

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暖房機の前で伸びる猫

 

身内のツイ垢を見つけた話

今日ひさしぶりに姉と電話で話した。

家族のことで近況を報告しあったところで姉がツイッターの話を始めた。

 

「最近ツイッターはまってるんだ」

「ほう」

「もう、ずーっとチェックしちゃってるの」

「程々にしなよ。(人間関係で)病むよ?」

「あ、〇〇(私)に貰った画像をアイコンにしちゃった(笑)」

「いいけど、そんなに何しゃべってんの?」

「BL!台湾とか中国とかのBLドラマとか!」

「は?まだ腐女子やってんの!?」

「うん!」

「男性コンプ拗らせすぎ…」

 

一流企業勤務の旦那がいて、県内トップ校に通う子供がいるっていうのに。

いい歳して何やってんだか…

 

どうやら海外の3次元BLドラマにハマってしまっているらしい。

おっさんずラブをみてハマり、さらに手を広げ今は海外物にご執心のようだ。

 

元々姉が腐女子なのは知っていた。

姉御年〇〇歳。

腐女子などという単語が生まれる前、ヤオイ?と言うものが認知され始めた頃からオタクだった。

当時コミケが晴海で開催されていて、姉のヤオイ仲間について行って

「こんな人種がこんなにいるのか…」

と衝撃を受けたものだ。

私はそこで幽☆遊☆白書の同人誌を買った。

 

姉ももちろん同人誌が大好きで販売会やら通販やらでエグい内容の同人誌を集めていた。

私はそれをこっそり読んだ。

 

まだ続いていたとは…

 

私は早速姉のツイ垢を探すことにした。

電話で聞いた断片的な情報で探せるだろうか。不安だ。

興奮気味で話す姉のBL話にあまりに興味が無さすぎて詳しく聞かずに電話を切ってしまっていたからだ。

 

まずは

「台湾  BL」

で検索をかける。

ピンク色にデザインされた画像つきのプロモツイートが見つかる。

いいね。は60件。

いいねしたアカウントを眺める。

 

いた。

あの画像だ。

かなり速攻で見つかった。

 

アカウントに飛んでツイートを見る。

 

この衝撃をなんと形容するべきか…

顔文字と絵文字をふんだんに使い、上ずった声で言ってそうなBL役者を褒めちぎるツイートが並ぶ。

男同士の絡みをみて「新婚♥」

歩く姿を見て「天使♥」

写真を見ては「最高…♥」

よく知らない海外の役者の画像で興奮し悶ていやがる。

 

正直キモい…

キモすぎた…

探したことを後悔した。

 

身内のSNSアカウントは見ないに超したことはない。

知らなくてもいい事実が、そこにはある。

 

私は教訓を得てまた一つ賢くなった。

中学受験と佐藤ママの話

娘が中学受験したいと言い出したのは小学3年生の時。

 

言い出させたのは私…かもしれないw

 

まっでも言い出したなら早速行動。と言うことで4年生から塾に通わせました。

車でもなんなら徒歩でも行ける距離、規模もそこそこ。

講師もアルバイトじゃなくて社員だけ。

4教科全部教えてくれる。

中学受験対策もばっちり。

何よりリーズナブル。

旦那の押しもあって通わせてみました。

 

結果、半年でその塾やめました。

 

経緯はこう。

塾で新しい事を習ってくる。

中受コースなので内容はもちろん先取り。

塾で習った範囲から宿題が出る。

家でやる。

解けなくて癇癪。

私も教えようとするけど、「なんでわかんないの!!」って喧嘩になる。

 

こうなったら最後もう習った事なんて身についてないですよね。

 

塾の教え方が多分合って無かったのかもしれないですね。

娘曰く『新しく習う所は読んで理解する』って。

そんなん無理だよ。

突然、公式出されてノート取るわけでもなく、聞いてテキスト読んで理解しろはちょっとキツイよねw

いや、天才ならできるかもしれないけどw

でも公式の意味とかすっ飛ばしてたらしいからいくらなんでもねぇ…

 

もちろん何度も(それこそクレーマーと言われそうなくらい)先生へ『娘が全く理解してないのでもう少し理解できるように』等書き置きをしたり、

面談で相談したりしたけど改善されませんでした。

 

こんなん毎度毎度喧嘩ばかりで親子関係拗れるわ!って思ったし、何より娘が可哀想。

ただでさえやらなくていい中学受験に挑戦しようとしてるのだから楽しくないと。

 

で速攻で辞めましたw

辞めて正解だったかどうかは解らないけど、同じ塾に通ってた中学生のお兄ちゃんは『塾に行きたくないー!』って泣くほど嫌がって、しかも数学は30点台の数学嫌いになったとの事。

いろいろ考えさせられますね。

 

さて早速次の塾を探しました。

候補は実績バッチリの大手。

お金はなんとかなりそう。

でも遠い…

いや車で10分程度なんだけど、川超えて帰宅ラッシュの道の往復はちょっと…

ごめんよ。ママにはそんな時間も根性も無かったのだよw

 

で、一番近くて、でも中学受験実績は無い、先生1人でやってる塾にしました。

はっきりいうと塾の印象は学校の授業がわからない子が行くような所に感じました。

 

でも歩いて行ける塾は本当に便利なんです。

運動がてら一緒に歩いて送って行く時間も、娘と話しながらだと楽しかったりして。

娘には万全の対策を施してやれなくて本当に申し訳ないんだけど、ガリ勉で無理して入ったところで中学のペースについていけなかったら本末転倒だと思うのです。

 

だから受からなくてもいいという(私の)覚悟でそちらにしました。

 

塾の先生も中学受験を考えて少し先取りでやってくださってるようです。

だけど以前のように『キー!わからないー!』が、無いので一安心。

 

でも私の我儘で実績上げている大手塾に通わせてあげられない分、そして娘が頑張っている分、私も努力をしなくちゃいけないし本気にならなきゃいけないですよね。

 

それで手に取ったのが、あの有名な佐藤ママの本です。

『3兄弟の母が教える中学受験法』

「灘→東大理III」3兄弟の母が教える中学受験勉強法

「灘→東大理III」3兄弟の母が教える中学受験勉強法

 

これがまた凄い。

たまに佐藤ママに変な拒否反応を示す人がいるんだけど、それは佐藤ママを知らなすぎですね。

佐藤ママを『子供に勉強を矯正した毒親』くらいに思ってそうだけど全然違うw

 

まず、この本には子供の勉強のサポートの仕方が具体的に書いてあります。

それがすこぶる素晴らしい。

 

合理的かつ無駄のない的確なサポートなのです。

元々合理的な事が大好きな私にはゾクゾクするような内容なのです。

 

んで佐藤ママは子供のサポートをやっているだけなのですが、

そのサポートが的確なのは子供をよく見ているから、というのが本当にわかります。

他人にはできない、親が子を思う気持ちがあるからこそ、あそこまで自分の時間を使い、子供に合わせた勉強法を確立できたのだな。と、関心させられました。

 

この本を参考にすると、以前私がなった『なんでわからないのよ!キー!』というのが全無くなり、すんなり学習に誘導する事ができるようになりました。

 

本当に凄い。のひとこと。

本当に子供というのをよく観察してらっしゃる。

 

例えば学習の合間の休憩について。

休憩を取る前に休憩後の勉強の道具やノート参考書を用意して休憩に入る。

という方法。

実際にやってみたら、魔法にかかったみたいに子供は休憩をキチっと切り上げて次の課題に取り掛かってくれました。

 

そして、なにより、小学生のうちは子供の側で勉強に付き合うというのは必要なのだな。と実感させられました。

やっぱり小学生だから親のサポートが必須なのです。

 

実際我が家では家に帰ってから娘も息子も3時間位黙々と勉強するようになりました。

子供達は『もうやめたいー!』って感じじゃなくて『えっもうこんな時間!?』って言ってます。

 

中学受験に受からなくても、もしくは受けないとしても、この勉強の方法を知って勉強の習慣を身につけることは絶対に損じゃないと断言できます。

 

―追記―

実はまだ読んでいる途中なのですが、内容がいい意味で衝撃的だったということだけ記しておきます。